Collection        




V6のスペシャルDVD  “それぞれの空 ” の撮影で使われた銃  

鶴耀一郎役(なぜか鶴本耀一になっている)の、坂本昌行が手に持って登場する。
この長いほうの銃は、本体がチーク、その下部にローズを貼り付けてアクセントをつけ、
グリップはもちろん黒柿。

お気に入りの一本です。




これは小島ブランド水中銃の、第一号から今の形になるまでの移り変わりです。
一番下の銃は大阪万博の前の年、'69年に作った物
その後何本もの銃を作る中で試行錯誤して進化させていき、
'78年頃 一番上の様な、今の形に落ち着いた。
これから後、僅かずつには変わってきているが、大きな変化はしていない。




'73年頃、ボイト全盛の時代に ボイト44 に自分なりの改造を加えて使用していた。
パイプの上に木を貼り付けて溝を切り、シャフトがよりまっすぐ飛ぶようにしてある。
マズルの上部を斜めにカットすることでシャフトのセットが上から簡単に出来、尚且つ上に浮いてしまわないようにしてある。








鶴耀一郎氏の生活の糧となった銃。
 
'90年頃、良い銃が出来たので鶴さんにプレゼントするため
に持っていった時に、


“俺の知る中で、銃作りはお前が一番だ。 これは俺が作った
銃で大切にしていた物だけど、これはお前が持っていてくれ”


そう言って手渡してくれた物です。
以前鶴さんが、 “私の宝物” という番組に出演した時に持っ
て出た銃らしく、

この銃で家も建てたし、この銃で船も買った! ・・・・ という物
らしい。


右の写真は、鶴さんが実際この銃とリールを使って魚を獲っ
ていた時の写真です。









ダイブウェイズのマグナム。上の写真がそのオリジナル
下は鶴さんが漁で使用していたものを貰い、パテで固めるなどしてから、自分の手に合うように削りだし、使用していた。



鶴さんが漁でブダイなどを穴打ちする際に使用していた銛先。
材質はクラウンのトランクのバネに使用しているものを好んで使っていた。
ただし年式が何年物が強いというこだわりがあったが、何時の物だったかは覚えていない。



銛先は鶴さんが作ったものを貰った、胴体部は篠原さんが作ったものを貰った。
それを私がはめ込んで溶接した、言わば3人の共同作品。



鶴さんが愛用していたマスク。
ゴムの部分は傷むので取り替えているが、フレームとレンズが鶴さんの物である。
今は私が愛用している。








ブルーオリンピックで3度、ペルー・クロアチア・タヒチの大会で顔を合わせたウクライナか
ら来たアンドレに貰ったエアーガンとキーホルダー。

器用な男のようで、これらは自分で作った物らしい。

ペルーの大会でこれらを貰い、次のクロアチアの大会で彼には私の銃と日本チームのTシ
ャツを渡してきた。

その後、その銃で魚を獲った写真などが彼から送られてきた。
クロアチアの大会は穴撃ちがメインになったため、銃は短い物になっている。

   この写真は友人らしい





アトリエの完成とHPの公開を記念して鶴さんの奥さんが亀を送ってくれた。
この亀は長年鶴さん宅の玄関を飾っていた3匹のべっこう亀の中の1匹で、
まだ規制のかかる前、捕まえてきた亀を剥製にして、鶴さんと奥さんとで一生懸命磨いた物らしい。

この亀がここに来てすぐ、

“甲羅を撫でながら祈ると、魚の寄りが良くなる”

そういう伝説が生まれた!!



鶴さんの使っていたゴーマルの機関部と、ダイブウェイズの機関部とマズル

他の部分は使い物にならなかったため、私なりに改造を加えて、使用できるようにしてみた。