セニョール






本名   小島章司

16才の夏、友人と海に行き、釣り道具屋で買ったヤスを使ってタコを獲りまくったのが潜りを始めるきっかけになった。


その後二十歳の時に、当時のサラリーマンの月収ほどもしたウェットスーツを買い、本格的に潜りにはまる様になる。


その頃からテヤスを竹で作った手銛に持ち替え、今で言う魚突きというスタイルになり、その後すぐにチッョキ銛を使い始める。
鶴耀一郎という名前を雑誌で知ったのもこの頃で、自分も水中銃が欲しくなり、ボイトの44、ターザンなどの当時市販されていた銃を買った。

しかしすぐに物足りなくなり、今度は自分のオリジナルの銃を作りだす。



同時に魚突きの大会があるのを知り、その大会で日本一に成るのを目標に立て,

数々の大会にエントリーし、'80年 ついに念願の優勝を勝ち取ることが出来た。

その後も、それがまぐれではないと言う事を証明するためにも出場し続け、そして入賞し続けた。


魚突きの目標は大方達成され、人生の目標であった家も手に入れた。

さて次はどうしよかと思った時に、世界大会に出れるということを知り、

今度は世界大会に目を向けだす。

それとオリジナルの水中銃もいよいよ本格的な物へと形を変えていった。



世界大会に幾度か出場していくうちに、トップ選手とも知り合いになり、

彼らに自分の銃が認められることと、自分の銃以上の物がそこに無いことを実感することで、よりいっそう銃作りに力を入れるようになる。





2011・5